MAGRITTE MUSEUM
ザ マグリット館内にある芸術品たち

THE MAGRITTE Museum vol.15

THE MAGRITTE Museum vol.15
MAGRITTE MUSEUM

THE MAGRITTE Museum vol.15

 

『帰還』ルネ・マグリット

 

1940年 キャンバスに油彩 50×65cm
Bruxelles, Musee Magritte Museum

 

星の光る夜空に真昼間の青空をくり抜いたような、翼を広げたハトが三つの卵がある巣に戻ってきます。夜と昼間の組み合わせという点では後の『光の帝国』を彷彿とさせますが、ここでより肝心な点は、この絵が制作されたいきさつです。

1940年5月10日に、ドイツ軍はベルギーに宣戦布告なしに進入してきました。そして5日後の5月15日にはドイツ軍はパリに向けて進軍を始めていました。

マグリットは親友のスキュトネール夫妻と汽車でフランスへの脱出を図ります。しかし、妻のジョルジェットは盲腸炎に苦しみ、しかも、彼女にはポール・コリネという愛人がいたために、一緒に連れて行くことができませんでした。

そしてマグリット自身も、ブリュッセル発のパリ行きの汽車がなくなっていたために往生してしまいました。ようやくフランスの国境を越えてフランスのリールまでたどり着き、そこからパリ行きの列車に乗ることができました。パリに着くと、今度はパリ郊外の友人クロード・スパークの家に行って、そこに預けてあった自分の作品を取り戻して金に換え、フランス南西のカルカッソンヌへ逃げていきました。

このクロード・スパークという人物は戦前・戦後ベルギーの外務大臣を務めたオリン・スパークの弟です。大変興味深いのは、当時クロード・スパークは画家ポール・デルヴォーの親友でもあって、マグリットが訪ねていったスパークの家は、1948年の暮れにデルヴォーが恋人タムと駆け落ちしていった家でもあります。

親友スキュトネール夫妻はジロンド地方でピカソと出会い、マグリットはたった一人でカルカッソンヌにたどり着き、そこで耐乏生活を余儀なくされます。一カ月後にスキューとネール夫妻がカルカッソンヌに来てくれたものの、彼の頭のなかにはベルギーに残したジョルジェットのことしかありませんでした。何とかしてベルギーの妻の元に戻りたい。そう願えども、占領下で簡単にはベルギーに戻れない。おまけに、列車で旅行するには自由通行証が必要でしたが、それが取れる見込もない。とうとう彼は自転車でベルギーに戻る決意を固めました。ところが、あっという間に力尽きて、カルカッソンヌに舞い戻ってしまいました。

そして、8月4日にとうとう自由通行証を入手したのですが、戦争中のことです、何が起こるかわかりません。しかも彼はナチスから退去芸術と見なされていたシュルレアリスムの画家でした。そこで彼は、ニースまで避難していたスキュトネール夫妻宛て、「ベルギーに着く前に、もし死んでしまったなら、ジョルジェットに最後の瞬間までお前を愛していたと伝えてくれ」と書いた遺書を郵送して出発しました。

この絵は命がけでベルギーにたどり着いた後、愛する妻のそばで描いた作品です。だから『帰還』なのです。

 

▼ 森耕冶著『マグリット 光と闇に隠された素顔』より

 

 

株式会社マグリット
専務取締役 羽原正人

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